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「まあ!お綺麗だこと!全く立派になられましたわお嬢様!」
どこからか、大きなお屋敷の一角の部屋から甲高い女人の声が響いた。
「静かになさいな。氷雨がびっくりしておりまする。…ですが、ありがとう。桃戸。わたくしは貴方がたのおかげでやっと元服の儀を行っていただけるまで成長できました。
ですが、今日の儀式が終わればそれも仕舞。今度は氷雨をお願いしますよ。」
少女は傍らの小さな女児に目を見やって言った。
そんな言葉に瞳に涙を溜めて女人は少女にすがる。
「お嬢様、またけったいなこと言いなさって!
本当はお嬢様を儀式になんてお送りしたくなどないと言うに…」
そんなことを言う桃戸に無言で頷くと、間のいいところで部屋が開けられ男と女が顔を出す。
「雛袖、準備はできたのか?ならば早く儀式を始めねばならん。支度が終わりしだい開かずの間にきなさい。」
その心ない言葉に雛袖は無言で頷き、やがて口を開いた。
「わかりました。父上、母上。」
その言葉を聞いて二人は足早と部屋を後にした。
「お嬢様…」
静かな沈黙が流れやがて雛袖は立ち上がり桃戸に言った。
「そんな顔をしないで二人とも。私は初代天ケ瀬様の贄になるだけ!これは名誉なことよ!死んでなお、私は神に近づけるの!私、神様の一部になれるのよ。」
二人はまた悲しそうな顔を見せる。が、雛袖は氷雨の頭に手を置いてなでる。
「氷雨、貴方は生きなさい。きっと、長生きなさい。そして、幸せにおなりなさい。」
「お嬢様…」
氷雨には意味はわからなかったが、桃戸は知っていた。雛袖が儀式など本当は望んでいないこと。それなのに何故儀式をうけようとするのか。
雛袖は…妹の氷雨を守る為に自分が身代わりの贄になろうとしているのだ。
「あねうえ?」
お嬢様は此方に振り返ることもせず、ただ黙って部屋を出た。
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