夏の思い出

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肩から提げた荷物を私は足元に下ろすと、リュックの中からスケッチブックと折りたたみの椅子を取り出した。 椅子に腰掛けスケッチブックをめくり、何も描かれていない真っ白なページを開いた。 続けてリュックから、水彩画を描くための道具と水の入ったペットボトルを出した。 「年々この山道がつらくなってくるな。子供の頃は、平気だったのにな……」 と小さく呟き、ペットボトルの中の水を体へと流し込んだ。 私がこの場所へ通いだしたのは、中学生の頃からだ。 二十五歳になった今でも毎年夏になると、趣味である絵を描くためにこの私だけの秘密の場所へ足を運ぶことにしているのだった。 早速描こうと、絵の具の準備を始めたその時、一陣の風が吹き、スケッチブックがパラパラとめくれながら地面に落ちた。 慌てて拾おうとした私は開いたページに目を奪われ、その手を止めてしまった。 そこには目の前に広がる景色と同じ様な絵が描いてあったが、ただ一つ違うものが描いてあった。 それこそが、私がここで絵を描く理由であり、ここにくる目的であった。 スケッチブックを拾い上げ、その絵の中にいる、白い服を着たこちらを見て微笑んでいる少女を見つめた。 「あの時も、こんな風が吹いていたっけ……」
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