夏の思い出

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中学二年のこの夏休みもすでに半ばを過ぎていた。 僕は、所属する美術部の課題である風景画を完成させるため、この数日間僕一人だけの秘密の広場へ通っていた。 だからあと数日で台風が来ようが、その為の家の準備や父の仕事の手伝いをしている余裕が無いのだ。 僕の父親は、この町に住む大人の男たちと同じように、漁師をしている。 しかも、おじいちゃんもそうだった。 昔からこの町に住む男たちは、代々親の後を継いで漁師になる人が多かった。 この漁師町の伝統のようなものだった。 しかし、僕は後を継いで漁師になるつもりは無い。 けして漁師が嫌いという訳でもないのだが、親の敷いたレールという決められた進路を進むのが嫌だったのだ。 僕は、自分の人生のレールを進む。そう、将来は画家として生きていくのだ。 だから今、漁師の仕事よりも絵描きの部活を選ぶのだ。 そう自分に言い聞かすように頭の中で繰り返しながら、僕は山の高台にあり町を見下ろす小さな広場へと自転車を走らせている。
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