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奈穂子が去った。
他に相応しい相手が見つかったのだと言う。ああ上等だ!
ビルの側を電車が走る。軋み音を立てながら、ゆっくりと過ぎる。コーヒーを片手に休憩所の窓から外を見ていると乗客の一人が手を振った。
「えっ?」
僕は手を振り返した。見知らぬ若い女性だ。日中に私服でいるのだから社会人か女子大生なのだろう。
いつからだろう? 知らぬ人と手を振り合うようになったのは。
最初は小学生の女の子達だった。一期一会の挨拶に、さしたる意味はないが、その度に自然に頬が緩んだ。だが、これは女性と子供達に限ってのことだ。
「あれは!?」
昨日の女性が手を振っている。彼女は花を抱えていた。鮮やかな青紫は一目で【りんどう】の花と解る。そして、その花を包む淡いグリーンの包装紙。間違いない。当社の花売り場のものだ。
もしかして? いや、まさかっ! 有り得ない!
彼女は、最初に手を振り返した小学生の女の子?
ばかなっ! 10年も前の事だ。彼女は、ずっと手を振り続けていた? 有り得ない!
だが……りんどうの花言葉は「あなたの悲しみに寄りそいます」だ。
僕の悲しみを読み取ったと言うのか?
僕は不意に込み上げた。
―了―
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