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「マスター、これをお代わりしたら帰ります」
僕はグラスを掲げた。
「マスター、これは?」
「サービスです。火酒ばかりでは体に障りますからね」
「フルーツですか?」
「むべの実と言うのです。不老長寿の妙果とも」
「ムベノミ……」
「昔、天智天皇が琵琶湖のほとりへ狩りに出かけた時に、すこぶる元気そうな老夫婦に出会ったのです。健康の秘訣を尋ねると、この果実を食べているからと答え、なんと八人の子供達を育て上げたと言うのです」
「八人も!」
「それではと天皇が、それを食した感想が、【むべなるかな】で、以来、この果実は【むべの実】と呼ばれるようになったのです」
「なるほど」
「実は、この果実の注文主がいましてね。アラウンド還暦の世代の方ですが。そろそろ見える頃です」
マスターは壁時計に眼を遣った。
カラカランッと音が響く。
視線を向けると……えっ? ブロンドの女性だ。しかもブルーアイズ。碧眼の麗人と言うのは、こんな人を指すのだろう。彼女の赤い口紅が更に妖艶で僕は眼が釘づけになった。
マスターがにこやかに挨拶している。
まさかっ! そんなっ! どう見ても三十代だ。
最早このままでは帰れない。
―了―
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