一章

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 暗闇が視界を奪っていた室内は、どうしたことか今日は眩いばかりの光に溢れていた。 「アリスが奥で待っています」  目が明暗の変化に追いつかずに入り口で立ち止まっていた諸手に、ある種の武装をした女性が追い立てるように言う。その辺りでようやく明るさに慣れ、諸手は改めて店内を見渡した。  綺麗に磨かれた床、古びているのにそうとは感じさせない程清潔感のある家具。窓はなく、無骨な壁が一面を覆っている。一見喫茶店とは程遠い、どちらかと言えば事務所に近い雰囲気をしていた。唯一それらしいものと言えば奥にあるカウンターくらいだろう。そしてそこには、やはりあの少女が美しくも寒々しい笑みを浮かべて腰掛けていた。 「やぁ、いらっしゃい。やっぱり私の言ったとおり、また来たようだね。今度からは『お帰り』とでも言おうか。どうだい?」 「……遠慮させてもらいます」 「遠慮することはないさ。君がどれ程否定しようが反論しようが、私たちは遜色なく同じなのだからね。だから礼儀も作法も必要ないし、関係ないんだよ」  先日会った時よりも親しげな声音に、彼は眉根を顰めた。どうやら彼女の中で自分という存在は、完全に此処の住人と同一視されているらしい。  同じ轍を踏むつもりはないが、思わず侮蔑の言葉を吐き出しそうになった。それを言ったところで彼女は気にすることもなく取り合いづらい言動で返してくるのだろうが、だからこそ必要以上の言葉を口にしようとはしなかった。 「どうやら私の扱いに慣れてきたようだね。いやぁ、諸手君は大人しそうな見た目によらず女性の扱いに長けていると見える。私も懐柔されないように気をつけないといけないようだ」  ふふっ、アリスは細く手折れそうな手で口元を隠し、淑やかに微笑んでみせた。
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