一章

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「実際に懐柔されているのは彼のようですが。それと、カウンターの上に座らないようにと何度言えばわかるのです。埃が舞ってしまうでしょう」  諸手の後ろに立つ女性が、そんな注意を促す。しかし聞き入れられず、アリスはそのままの位置を保ち続けていた。 「しかしだね、清瀬(きよせ)さん。私としては此処が一番落ち着くのであって、それを奪うというのはとてもいけないことだと思うのだがどうだろう。ねぇ、諸手君もそう思うだろう?」  どうやらこの掃除用具を身に纏った女性は『清瀬さん』というらしかった。  女性の名前を反芻しつつ、諸手は言葉を返す。 「……意固地に止めろとは言いませんが、少しはしたないとは思います」 「曖昧で中身のない返答だね。それではどちらの味方なのか、それともどちらともの敵なのか判然としないよ」  敢えて言うならばどちらの味方でもないだろう。敵対する気は毛頭ないが、そもそも彼女の言動を真っ向から請け合っていては切りがないので取り合うつもりもない。  そんなことを考えている内にも、アリスはその小さな口を閉じることを知らない。 「けれど確かに、私たちには不要だったね。敵や味方を分別する以前に、此処には同一のものしかいないのだから。そう考えれば君の答えはとても正しいのかもしれない。うん、やはり君は君らしくて我々らしいようで安心したよ。いや、心配した方が良いのかな?」  先日会った時にも口は廻る方ではあったが、今日の彼女は随分と口数が多いように思えた。心なしか、機嫌がよさそうにも見える。  諸手が不思議に思い首を傾げていると、それを察したのか清瀬がその答えを教えてくれた。 「すみません。アリスは今日、少し良いことがあったもので饒舌になっているのです」 「良いこと、ですか?」  細い顎を引いて頷きながら、諸手に小さく耳打つ。
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