一章

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「前々から彼女が欲しがっていた果物ナイフが手に入ったのです」  ……それはまた物騒な物を欲しがっていたものだ。  諸手が横目でアリスを見ると、その視線の先の少女は華やかに笑み、恍惚として濡れた瞳を手元に向けていた。  左手には細くしなやかな鈍色の輝き。右手が刃を愛しそうに撫でる姿は、それが一つの絵画のように美醜を併せ持っていた。 「あぁ、このナイフは本当に素晴らしい。私には語彙が少ないので言葉で表せないのが残念極まりないが、どうだろう、諸手君の肢体に刃を入れて実証してみないかい?」 「とても魅力的なお誘いですが、遠慮させてもらいます」 「遠慮せずとも良いのだけれどね」  諸手の皮肉めいた拒絶に、残念そうな声音を洩らす。どこまで本気なのか、彼には計りかねる。 「また床に染みを付けるのかと心配しました」  清瀬の何気ない呟きは、アリスが冗談を言っていなかったと証明してくれた。そして遠回しに、彼の心配はしていなかったと辛辣に語っていた。 .
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