一章

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「我々が安息できるのは此処しかないんだよ。拒絶しようが否定しようが非難しようが、それはどうしようもない事実だ。抗ったところでそれは覆らないし、拒否したところでそれは変わらない。遅かれ早かれ認めてしまうのだから、すぐに受け入れて楽になった方が良い思うけれどね、諸手君」 「……遠まわしに僕に此処の住人になれと、そういうことですか?」 「遠まわしではなく、全面的にそう言っているつもりだよ」  どうやらアリスは、どうあっても彼をあちら側へ引き込みたいようだった。そこにどんな意図があるのかは、全くわからないが。 「嫌ですよ、僕は。自分が真っ当な人間であるとは、それはもうこんな所に二度も足を運んでしまった時点で違うとは思います。でも、それでもアリスたちよりはまともだと断言できる。少なくとも僕は社会に適合して生活できていますから」  叩きつけるような、厳しい口調だった。しかし少女は怯えることもなく、小さな唇をふるわせる。 「……そこまでいくと、君はもう完成しているどころか崩壊しているよ」  彼女の声に滲むのは呆れ、哀れみ、そして憧憬。  アリスが小さな手で自身の顔を隠し、そして次に露わになった時――華やかな笑みが、そこに咲いた。 「ますます君が欲しくなったよ、諸手君」  ……その笑顔に、彼はほんの少しだけ心を惹かれた。気紛れとでも、一時の過ちとでも、そう表現すべき程に一瞬だけ。 「どれだけアリスがそう思ったところで、僕は決して同じにはなりませんし、なりたくもありません」  真っ直ぐ見つめ、突き放すように。けれど、溜息の後に続けられた声には諦観の念を孕ませて。微かに楽しげな面持ちで、言葉を紡ぐ。 「……それでも諦めないと言うのであれば、良いでしょう。これから先、僕を口説き落としてみてください」  それは、また此処に来ることを示していた。その言葉を聞いたアリスが、蛇の笑みを浮かべた。 「君は随分と素直じゃないね。捻くれ過ぎて、とても真っ直ぐだ。わかりやすくて稚拙で馬鹿らしくて、うん、俄然やる気が湧いてくるというものだよ」 「それは良かったです」  諸手は素っ気無く言い放つ。アリスが微笑んで紅茶を勧める。受け取って、二人は同時に紅茶を嚥下した。その姿は、まるで鏡写しのようにとてもよく似ていた。
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