一章

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*      *     *  少年の目の前にあったのは、怪しげな建物だった。  暗く薄汚い路地裏、その一角。ゴミと埃の入り混じる空気の中で一際異様な雰囲気を醸し出していたのは、廃ビルの一階を無理やり改築したような、無骨な外見の喫茶店だった。表に掲げられた看板にあて付けがましく『喫茶店』と書かれていなければ、そう判断できるべくもない程に。  ギィ……、扉が軋む音を立て、微かに開かれる。そこから頭を出したのは、ひどく淀んだ瞳をした、しかしどこか清らかさの漂う小柄な少女だった。 「おや、珍しいね。お客さんかな?」  美しく整った顔を歪ませ、笑みを浮かべる。 見惚れる程の容姿であるはずなのに、何故だか少年は薄ら寒さを感じた。  「あっ、いえ僕は……」 「いや、いや。良いんだよ。此処を訪れたと言うことは、皆例外なく、そして隔たりなく、同じなのだからね。あぁ、そうだ。君はなんていう名前なのかな? ちなみに私は襟野有栖だ。建前上、此処の管理人となっている。そして此処の住人には『アリス』と呼ばれているので、これから君も気兼ねなくそう呼んでくれて構わないよ」  ……これから?  少年は首を傾げた。 「あの、僕は道に迷ってここに来てしまったので、そう何度も来ることはないと……」 「いいや、君は来ることになるよ。何故なら、もう此処を知ってしまったんだから。さぁ、とにかく中へお入り。寒いだろう、温かい紅茶を出してあげるよ」  少女――アリスが手招きし、微かに笑みを浮かべた。少年は不可解に思いながらも、何故だか断れない。導かれるように、或いは誘われるようにして、彼は不気味な『喫茶店』の中へ足を進めた。
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