一章

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 紅茶の香りが漂う店内へ足を踏み入れ、少年は思わず身を固くした。  そこは最小限の明かりしかなく、どちらかと言えば暗闇に近かった。そして僅かな光が、此処に居る幾つかの人影を映し出している。  椅子に腰掛けた者、ソファに寝転ぶ者、地面に伏した者、そして立っている女性が居ると思えば忙しなく箒で床を掃いたり雑巾で食器棚の埃を拭っていたり。 慌しく掃除をして廻っている彼女のおかげか、『喫茶店』の外観に反して店内は床や家具に至るまで汚れというものが見当たらない程、清潔感に溢れていた。 「彼らは一体……?」 「あぁ、此処の住人だ。変わった者ばかりの社会不適応者で人間失格者しかいないけれど、何、遠慮することはないよ」  そう言うと、アリスは躊躇することもなくカウンターの奥へ行き、手馴れたように棚からティーカップを出して紅茶を注ぐ。温かそうに立ち上る湯気が、此処とは随分と不似合いに思えた。 「さぁ、温かい内にどうぞ」 「ど、どうも」  差し出されたティーカップを受け取り、一口。少し渋かったが、とても上質な紅茶だということは何となく解った。  素直に感心していると、少女が紅茶の味の感想を求めるようにカウンターに肘を付いて微笑んでこちらを見ているのに気が付いた。何となく照れ臭くて、小さく笑みを浮かべる。 「とても美味しいです」 「君のお眼鏡に適うとは光栄だ」  そう言い、自分の紅茶も入れてティーカップを呷る。とても優雅な姿だった。  同時に、少年はどうしようもない違和感を感じていた。まるでこの少女が、そうやって普通の人らしいことをしているのがありえないとでもいうような――。 「そういえば、君の名前を聞かないままだったね。教えてもらっても良いかい?」  アリスの声に、ハッとして顔を上げる。そして自分がどれだけ失礼なことを考えていたのかを自覚し、その後ろめたさが滲み出る小さな声で名乗った。
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