一章

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   彼は自身の口を縫うか引裂くかしてやりたい心境だった。  どのような人柄であれ、此処にいる人たちはおそらく彼女の友人。それを侮辱する言葉を口にすれば、如何に寛大で穏やかな人であっても憤慨するだろうことは明白だった。  諸手は反射的に頭を下げようとしたが、それよりも先に喉元に冷たい物が添えられた。  それはアリスの爪先だった。何のことはない、華奢な指の先を包む硬質な皮膚。  けれどそれが突きつけられた瞬間、彼はまるで銃口を口に押し込まれたような気さえした。それほどまでに濃厚な死の気配が彼を犯していた。 「…………ふふっ」  小さな笑い声。  アリスは憤るでもなく、ただ笑っていた。これほど愉快なことはないとでも言うように、それは凄惨な笑みを浮かべて。  例えるならば、蛇の笑み。決して笑えるはずのない蛇が浮かべた、ありえるはずのない、だからこそ何よりも恐ろしい笑みだった。 「いや、すまない。しかし君は、私が思っていたよりも我々らしい。もはや完成されていると言っても差し支えないだろう。流石は諸手君、といったところかな」 「……意味がわからないんですが」  やけに親しみが込められた声音と、未だ離れない死の気配を孕んだ切っ先。矛盾しきった二つに、彼は戸惑いの表情を浮かべていた。  彼女は再び笑った。そしてようやく爪先を喉元から離す。 「意味は解っているはずさ。君が本当に君ならね。それと一つ諸手君は勘違いしているようなので言っておくけれど、私がこんなことをしたのは君が私を『アリス』と呼んでくれなかったからであり、決して彼らを『こんな人間かぶれの糞野朗共』と言ったからではないよ」  ……そこまで酷いことは言ってないのだけれど。むしろ、よくもそこまで人を卑下にする言葉を思い付くものだと感心したくもなる。
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