第一章 今日という日

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 倉庫までの道のり。その途中に一人の女性が辺りを見回しながらこちらに歩いてくる。  焦げ茶色の帽子を目深に被り、マスクで顔が覆われ、これまた同じく焦げ茶のコートを着ている。女性とわかった理由は髪が長いという点だけだった。  明らかに怪しい。あそこまで分かり易い不審者だと逆に笑えてくる。だが、接客業をやっている者にとって、先入観は禁物だ。誰に対しても公平に、平等に接しなければならない。そう思いながらも目線はずっとその女性に向けていた。  ふいに目が合う。  目線を外そうとはしない。向こうもこちらも。外したら負けだ、というよく分からない闘争心が浮かび上がり、心の中で予期する展開。  その女性はこちらに顔を向けたまま小走りで駆け寄って来る。 「…あの、この商品ありますか?」  話しかけられ、少しビクンとしてしまったことに自分でも顔が紅くなっていくのがわかったが、構わず、女性が出してきたカタログに目をやった。  この店舗で無料配布されている専用カタログで、表紙は目に付く派手な赤。その中心にはカメラの写真が載っている。
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