第二章 一線

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 ――4――  カランコロンという、小さい鈴の音とともに、木製のドアがゆっくりと開いた。  その喫茶店は、窓が全てガラス張りで出来ており、外から中を一望できる構造となっている。中央には円形の大きな柱がある。そのため、その奥の陰になっている箇所については、視界に入れることができない。  一見洒落た喫茶店だが、中にはほとんど人がいないようだ。意外なことに、店員の人影さえ目に付かない。一瞬、今日は定休日ではないかという憶測が、頭を過ぎる。  多少の不安を抱きながらも扉を完全に閉め切ると、鈴の音を聞きつけた店員がカウンターの奥から現れた。  客を待たせても自分には関係ないといった感じに、のそのそと歩き、抑揚のない慣れた口調で応対をしている。「いらっしゃいませ」という言葉はとても聞きづらく、まるで蚊の鳴くような細い声だ。 「お客様、お一人様で宜しいですか?」  黒沢は、その質問を無視するように辺りを見回し、それらしい人影を確認する。見えるのは、小さい熱帯魚が入った水槽と、鮮やかな緑色をした観葉植物。  いない。  客が少ないので、簡単にすぐ見つかると思っていた自分の予想は、呆気なく外れてしまった。  目標の人物がいないことを悟ると、黒沢は、先程の質問に答えるようにかぶりを振った。 「あ、いえ。待ち――」 「オーイ」
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