第二章 一線

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 彼の家庭はいわゆる母子家庭で、彼が今の泉と同じ頃には、既に父親との離婚が成立していた。  その後すぐに泉が生まれる。九年前、紀夫が十歳の時だ。そんな状況下だったわけで、必然的に彼女は、自分の父親が一体どんな顔をしているのか、体型は太っているのか、痩せているのか、面白い人なのか、暗い人なのかといった事柄を、何一つ知らなかった。  写真なども離婚が成立したのと同じくして、全て捨ててしまったそうだ。こういった事に関しては、女性の方が見切りが早いということなのだろうか。  彼らの母親、富子は病院に勤務する看護師で、その勤務時間には、ばらつきがある。今日は朝早く出勤する早番。早番の日の朝食作りは紀夫の、夕飯は泉の仕事だというルールが取り決められていた。  そういう込み入った諸事情もあり、家事の大半は紀夫に――言い方は悪いが、――押し付けられていた。ひび割れもそれが原因だ。  紀夫は、食器を全て洗い終えると、リビングの端にある壁掛け時計に目をやった。ただいまの時刻、七時十分。仕事場である郵便局へ行くには、まだ時間があったが、特に何もすることが無い紀夫は、身支度を整え、玄関扉を押した。  吐き出す息が、まるで何か、生きている動物のように口から漏れ出す。  コートを着込んでいるにも関わらず、外気の寒さに鳥肌が立つ。今日は路面凍結に気をつけなくちゃなと小声で呟きながら、駐輪場にあるバイクに跨がった。  自宅から郵便局へは一本道で、住宅街を抜けた駅の近くにある。所要時間としては約二十分くらいの道のりなので、通勤で苦労することは皆無だった。  郵便局に着いた紀夫は早速、自分の指定席に向かい、今日の配達物を確認した。いつもの日課であるため、非常にキビキビと動いている。
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