第二章 一線

25/107
前へ
/208ページ
次へ
 それらを手に取り、机の上にポンと置くと、それと同じくして、集配課の副班長、金田が、自動ドアから郵便局内に入って来た。 「おはようございます、金田さん」 「おう、おはよっさん。今日はやけに早いな」という軽めの挨拶に続き、「雪でも降るんじゃねぇか? やめてくれよ、ただでさえ寒いのに、雪が降ったら寒さの二乗だ」と、いつもの嫌みが重ねて加えられた。  にしても寒いな今日は、と呟きながらぶるっと身を震わせた金田も、ゆっくりと自分の専用机まで歩き進んだ。  いつも他の局員より早く出勤する二人は、日課、というより、もはや、儀式に近いであろう雑談をする。時間つぶしにもなって、紀夫にとっては、唯一和む時間だった。  二人の話題は天気の話に始まり、ニュース関連、そして今日の仕事内容。そこでふいに、プツリと場の雰囲気が一転する。というよりは、金田自身の雰囲気が、途端に重くなるように紀夫には感じ取れた。 「……〈INI〉だ。今日の配達先は」  金田が呟いた〈INI〉という単語。紀夫は、その名前だけ聞いた事があった。そこではインスペクションという人間が、あるいはただの一般人が、誰かが誰かを監視するための依頼を遂行する機関。 「へぇー、珍しいですね。あの秘密結社に乗り込めるわけですかぁ。面白そう!」  金田は目を見開いた。 「おいおいおい、本気で言ってんのか、おめぇー。一度でも行ってみたらわかる。あそこは尋常じゃねえ。この世じゃねえ。常に誰かに見られているような、薄気味悪い、……とにかく気味が悪いんだ、あそこは。おめぇーも行ってみたら分かる」  相変わらずのべらぼう口調で、相手を罵るように畳み掛ける。だが、不思議と嫌な感じはしない。それは金田自身の内から発せられる、人間味のおかげかもしれない。
/208ページ

最初のコメントを投稿しよう!

258人が本棚に入れています
本棚に追加