第二章 一線

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 全てを言い終えた金田の黒目は、何かに怯える小動物のように小刻みに震えていた。その視線の先に紀夫はおらず、ずっと宙の――得体の知れない何かに――、目を奪われていた。 「もちろんです。僕に任せておいて下さい」  そう、任せなさい。何も心配はいりません。なぜなら僕は、……僕は、無知だから。何も知らなければ何も恐れずに済む。そして無知だからこそ、好奇心が湧いてくる。……、よくよく考えれば、とてつもないデフレスパイラルに迷い込んでしまったかもしれない。  金田との会話が、一段落した頃合いを見計らうように、仕事仲間の局員がポツポツと出勤して来た。郵便局内に入って来るやいなや小さく身震いを起こし、その姿は、今日の凍えるような寒さを雄弁に物語っていた。  やがて局員全員が揃い、朝の朝礼、郵便物の確認等々を終え、各自配達に向かう。紀夫も寒さに鞭打ちながら、外にあるバイクに跨がった。サドルはヒンヤリと冷たく、その無機的な冷たさが、背筋まではい上がって来る。 「気をつけろよ」  同僚の一人が紀夫に声をかけ、走り去っていく。紀夫もその後を追うように、バイクを走らせた――。
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