第二章 一線

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 住人が不在の場合、この手の郵便物を送り届けるのは、多少厄介だ。まず、送り主の名前、配達に来た時間、郵便局での保管期間を用紙に書き、ポストに入れる。更にその郵便物を持ち帰り、後日再び送り届ける。つまり二度手間になってしまうわけだ。  再び、「いらっしゃいませんか?」と呼びかけながらドアチャイムを押す紀夫。だが反応はない。ここまで来れば、考えられる了見は三つ。不在か、居留守か、はたまた眠り込んでいるのか。  不在の可能性が一番高い。平日のこの時間に自宅に居る住民のほうが少ないはずだ。そう思い直した紀夫は、ポケットからお知らせ用紙を取り出す。そして、再度名前を確認した。笠間知江。間違いない。  スラスラとボールペンを動かし、お知らせ用紙の記入を終えた紀夫は、その用紙と、もう一つの郵便物である封筒をポストに入れ、その場をあとにした。  午前中の郵便はこれで終わりだ。この後は、一度局に戻って昼食を取るつもりだった。そして午後の一番最後に例の〈INI〉の郵便物を届ける予定だ。  紀夫は、楽しみを最後まで取っておく主義なのだ。〈楽しみ〉という言い回しは、多少語弊があるかもしれない。  だが、不穏当な予感は全くない。逆にワクワクしていた。〈楽しみ〉というよりは、遠足の前日に、明日は何をしようか、まずあそこに行って、友達のケンちゃんとお話して、といった事を考えて行くうちに、いつの間にか夜が明けてしまうような、そんなある種の興奮。そう、興奮の方が今の紀夫の胸裏には、至極当て嵌まる。
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