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子供連れの若い母親。腕や胸元、耳にきらびやかな装飾品を付け、嫌がる子供の手を無理矢理引っ張っている。
目がチカチカするような黄色い蛍光色のダウンジャケットを着込んだ、自分と差ほど変わらない年齢であろう青年。彼は、辺りにいる他人を、まるで親の仇を見るような目つきで睨みつけている。
紀夫の視線の先にいる人々は十人十色、見た目も言動も、おそらく歩んで来た人生も、人格形成に携わる背景も、何もかもが異なっているように見えた。彼らのような人間が、腕を組んで助け合う日は、いつ来るのだろうか? おそらく一生来ないだろう。自分の利益のために他の誰かと手を組むことはあっても、他人のために尽力を尽くす人間は、今のこの荒みきった世の中では、一握りしかいない。紀夫はそう感じていた。
この光景を見せ付けられて、人間の嫌な部分を見せられて、確かに良い気分はしない。するはずが無い。ここら一帯、私利私欲で動いている人間が目に余るほど沢山いる。だが、金田さんが言っていた〈誰かに見られている錯覚〉なんてものは微塵も感じられなかった。
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