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緑の多い季節となった。
と、言ったら少々語弊がある。確かに木々は緑が生い茂っているが、日差しは厳しい。木々に張り付いている蝉達は、その短い生涯を懸命に生きようとするかの様にけたたましく鳴き声を上げている。――要するに、夏という季節を迎えていた。
小十郎は、自室で己の政務をはたしていた。幼き主の傅役とはいえ、彼自身にも与えられている事は多い。真面目に執務机に向かいながら、夏という暑さをあまり感じさせない涼しい顔で筆を走らせていた。
順調に進んでいた筆を一度止め、先程煎れて温くなるまで冷ましていた茶を呷る。一息ついて、そう言えば今日はやけに主が静かだなと思い出した。今頃は勉学に励んでいるか、はたまた剣術に励んでいるか。どちらにしろいつもなら騒がしいものだが、声が聞こえないという事は…あの暑さに弱い御方の事だ、きっと今頃は暑さに負けて休んでおられるのだろう、小十郎は幼い我が主の事を思いながら知らず知らずの内に小さく笑みを溢した。
幼き主。――伊達政宗。先日まで、梵天丸と名乗っていた齢十を迎える小十郎の主だ。
梵天丸…政宗は、冬国である奥州で生まれ育った所以か、暑さには滅法弱かった。特に今日は、小十郎でも近年では感じ得なかった程の暑さ。
真夏日、というこの日。まだまだ若い…と言うより元気一杯の少年である政宗でも流石に辛いであろう事は明白の理であった。
今頃はだらけているであろう政宗を容易く想像し微笑ましさを感じる小十郎ではあったが、勿論そのままでいさせる訳にもいかない。勉学にしろ剣術にしろ、しっかりと励んで頂かねば。
本当はしっかりと涼める場所で休息を取ってほしい…というのが本心だったが、ここは心を鬼にして、政宗の元へと向かおうとした――所で、突如背中に小さな衝撃が走った。
「ヘイ、小十郎ー」
「…ぼ、…政宗様」
「あ、お前また梵天丸って言いそうになったな」
どうやら、思考に耽っていて全く気付かなかったらしい。小十郎が振り返るとそこには、先程まで脳裏に描いていた幼くも愛らしい主――政宗が、ぷっくりと頬を膨らませながら小十郎に凭れていた。
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