prologue

2/8
937人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
「思えば短い人生だったなぁ」 蝉の鳴き声が喧しい八月。 亮子はカーテンの隙間から差し込む日の光に目を細めて、そう言った。 「小学校に入学して、たくさん遊んで、卒業して。中学校に入学して、脊髄炎に罹って、車椅子生活になっちゃったけど、どうにか卒業して。高校に入学して、今度は心臓病に罹って。病院で数ヶ月過ごしたら、もう今だよ。振り返ってみると十六年って本当に短いね」 悟ったように小さく笑って、あーあ、と一際大きな声を出した。 「リョータはそのうち高校を卒業して、行くかわかんないけど大学に入学して、好きなことして、卒業して、就職して、どっかの誰かと結婚して、家庭作って、加齢臭に悩んで、定年退職して、年金生活して、孫の顔を見て、それからようやく死ぬんでしょ? ズルいなぁ」 亮子は俺の目からとめどなく流れる涙を指ですくった。 涙の粒が、光を反射して煌めく。 「加齢臭はスルー? もう、湿っぽいのは嫌いなんだけど。……でも、やっぱり悲しいな。もうリョータと昨日のテレビのことを話したり、ウィンドウショッピングに行ったり、ゲームで遊んだり、とか出来なくなっちゃうんだよね。それにWリョーも解散だ。……そう考えると、死って……怖いな」 俺は、なにも言ってやれない。 ほんの数分後にはこの世からいなくなってしまう幼なじみに、俺はなにも言ってやれない。 なんて言ったらいいのか、わからないのだ。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!