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「君が『自分』だと思っている人間は、本当に君自身なのだろうか?」
「どういう意味だっ?」
「自身を証明するには『他者の認識』が必要。他者が君を『君』だと認識して初めて君は自分の存在を理解する」
「なにを……」
「簡単にいえば、記憶を失えば例え他者が覚えていても自分自身で自分が分からなくなる。違いますか?」
男は口角をわずかにあげ、薄笑いを浮かべて俺の頭へ手を置く。その手は異様に冷たく、これが夢ではない事実を告げているようで――。
「君が君であるための記憶。それは他者から刷り込まれた人を形成する人生そのもの」
男の口元が笑みを蓄えたまま、その口から放たれる感情のこもっていない無機質な言葉が鼓膜を揺する。
「だから――君の記憶と、君を知る全ての人間の記憶を消してみようと思う」
が、それの意味を理解しように、霞がかかったように瞼が急速に落ちてくる。
「なっ、なにを……!」
男は静かに手を退ける。そして笑う。卑しく笑う。
「……君の記憶を消した。これからは君がここの番人だ」
静かに話す男。
誰だ……こいつは?
俺は…………誰だ?
ここは……しらな――いや、知っている。
「さようなら、私だった”もの”。……これからは、私が――君だ」
かすかな憂いを帯びた声色を耳に、静かに去っていく男の背中を見送り、ゆっくりと瞼を閉じた。
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