午後五時の幽霊、橙に染まる歩道橋

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   僕は時間が経つのも忘れて、彼女を見つめた。  その間心臓は狂ったように鼓動していたが、それは幽霊に対する恐怖とは違う感情によるものだった。  切り取られたように静止したこの風景にも、時間は緩やかに、しかし確実に進んでいく。  やがて当然のように彼女は手すりに手をかけた。 ――飛び降りてしまう。  そう考えた次の瞬間、僕は思わず叫んでいた。 「待って!!!!」  僕の声に反応したのか、彼女は動きを止める。 「逝かないで! 僕は、君のこと一目見たその時から……好きなんだ……」  彼女は虚ろな瞳を少しだけ大きくし、僕を見つめた。そしてその唇が僅かに動いた……、  その瞬間彼女の姿は跡形もなく消えた。  時計の針は午後五時十五分。  車道沿いに設置されている古びた街灯が灯る。  僕の背後から、ゆっくりと夜の闇が訪れるのを感じた。  それから僕は次の日も、その次の日も午後五時前に歩道橋を訪れた。  彼女はいつも僕の背後から現れる。いや、背後からというのは少し違うかもしれない。  時間になると、背後から足音が聞こえてくる。そして足音はすぐ側まで近付き、僕の身体を通り抜ける形で彼女は姿を現すのだ。  ただ夕焼けを見つめる彼女、それを見つめるだけの僕。  何故だか僕は彼女に近付くことが出来なかった。近付いたら何かが壊れてしまうような、そんな気がしたのだ。  そして今日もまた時間になると彼女は手すりに手をかけた。 「待って!!」  今日も僕は声をあげる。 「悲しいことからも、辛いことからも、僕が全部守ってあげる。だから――」  そこまで言って、僕は言葉に詰まった。  『だから』のその先に、僕が伝えようとしていることは何だろう?  僕の方へ顔を向けた彼女の唇が動く。  何かを言っているようなのだが、この距離では聞き取れない。  その唇を読もうと必死に目を凝らす。 (あ・な・た・が……?)  読み取れたのはそれだけ。  そして彼女の姿は跡形もなく消えた。  時計の針は午後五時十五分。  街灯は壊れてしまいそうに光る。  僕の背後から、ゆっくりと夜の闇が迫っていた。  
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