3人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は時間が経つのも忘れて、彼女を見つめた。
その間心臓は狂ったように鼓動していたが、それは幽霊に対する恐怖とは違う感情によるものだった。
切り取られたように静止したこの風景にも、時間は緩やかに、しかし確実に進んでいく。
やがて当然のように彼女は手すりに手をかけた。
――飛び降りてしまう。
そう考えた次の瞬間、僕は思わず叫んでいた。
「待って!!!!」
僕の声に反応したのか、彼女は動きを止める。
「逝かないで! 僕は、君のこと一目見たその時から……好きなんだ……」
彼女は虚ろな瞳を少しだけ大きくし、僕を見つめた。そしてその唇が僅かに動いた……、
その瞬間彼女の姿は跡形もなく消えた。
時計の針は午後五時十五分。
車道沿いに設置されている古びた街灯が灯る。
僕の背後から、ゆっくりと夜の闇が訪れるのを感じた。
それから僕は次の日も、その次の日も午後五時前に歩道橋を訪れた。
彼女はいつも僕の背後から現れる。いや、背後からというのは少し違うかもしれない。
時間になると、背後から足音が聞こえてくる。そして足音はすぐ側まで近付き、僕の身体を通り抜ける形で彼女は姿を現すのだ。
ただ夕焼けを見つめる彼女、それを見つめるだけの僕。
何故だか僕は彼女に近付くことが出来なかった。近付いたら何かが壊れてしまうような、そんな気がしたのだ。
そして今日もまた時間になると彼女は手すりに手をかけた。
「待って!!」
今日も僕は声をあげる。
「悲しいことからも、辛いことからも、僕が全部守ってあげる。だから――」
そこまで言って、僕は言葉に詰まった。
『だから』のその先に、僕が伝えようとしていることは何だろう?
僕の方へ顔を向けた彼女の唇が動く。
何かを言っているようなのだが、この距離では聞き取れない。
その唇を読もうと必死に目を凝らす。
(あ・な・た・が……?)
読み取れたのはそれだけ。
そして彼女の姿は跡形もなく消えた。
時計の針は午後五時十五分。
街灯は壊れてしまいそうに光る。
僕の背後から、ゆっくりと夜の闇が迫っていた。
最初のコメントを投稿しよう!