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僕は来る日も来る日も歩道橋に通い続けた。
バイトをクビになった。夕方に歩道橋を訪れる為に無断欠勤ばかりを繰り返したからだ。また、彼女へ会いに行く為なら出席が必要な授業も当然のように休んだ。
今や彼女は僕にとって何よりも゙重要な゙存在となっていたのだ。
午後四時半、あれから一月経った今日も僕は歩道橋の上で彼女を待っている。
時間が来るまでの間何もすることがないので、手すりに肘をついてぼんやりと空を眺めてみる。
僕は夕焼けが嫌いだった。
昼の青空とも夜空の紺色とも違う、燃えるように濃い橙色はどこか異質に感じられるのだ。
時間の狭間に呑み込まれてしまいそうな、奇妙な感覚。
今、こうしている間にも――
そんな馬鹿げた考えを振り払うように、僕は静かに目を閉じた。
『夕焼けって綺麗ですよね。私、大好きなんです』
突然呼び起こされた記憶の断片。
可愛らしく明るい透き通った声。
記憶の中、夕焼け色の世界で笑顔を見せていたのは、紛れもなく彼女だった。
僕にとって衝撃的であったその光景は、呼吸を乱れさせ額に汗を滲ませた。
どういうことだ。
僕は彼女と知り合っていたというのだろうか?
いつ? どうして?
何故思い出せない。何故、何故。
僕の中で渦巻いていた疑問や混乱は、チャイムの音色と背後からやってくる足音に掻き消された。
僕は彼女が好きだ。ただ、それだけ。
彼女が消えて、僕は一人になった。
一日待って、会えるのはほんの刹那。
やるせない気持ちになりながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
時刻は午後五時十五分。
街灯はもうほとんど光らない。
夜の闇がゆっくりと、僕を包んでいくのを感じた。
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