3人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も、歩道橋に通い続けた。
今では夕方だけでなく時間が許す限り歩道橋に居るようになった。食事を忘れることもある程だ。
大学にも全く行かなくなった。心配して友達が連絡を寄越すのも無視した。
僕にはもう彼女のことしか考えられなくなっていたのだ。
「君、ここで何をしてるんだ?」
いつものように歩道橋にいると低く険しい声がした。振り向くと中年の警官が立っている。
一瞬どういう質問の意味かわからなかったが、すぐに職務質問をされているのだと気付いた。
こんな場所で何日もうろついている人間なんて不審者以外の何者でもないだろう。
僕は溜め息を吐いて適当に答える。
「彼女を、弔っているんです」
そう答えると、警官は怪訝な顔をしたが、ここで起きた悲劇を思い出したのかその表情は憐れみに変わった。
「そうか……しかしいつまでもこんな所に居てはいけないよ」
そう言うと彼は手帳に何かメモを書くと帰っていった。
何か少し勘違いをしているようだが、納得してくれたようで良かった。
誰にも、僕と彼女の時間を邪魔させやしない。
少しずつ橙色を帯びてきた空を眺めながら考える。
そういえば、以前にも職務質問をされたことがあった。
あれはいつだったか。警官は手に手帳を持って僕をじろじろと見ていた、しかし特に動じることなく僕は笑顔で――
『彼女を、待っているんです』
心臓が締め付けられたような気がした。目眩に襲われ、咄嗟に手すりで身体を支える。
まただ。忘れられていた記憶。
僕は確かに言った。
『彼女』を待っている、と。
彼女を――……
これ程まで多くの、それも大切ことを忘れているのは明らかに異常だ。
何かが、何かがおかしい。
もうその疑念を振り払うことは不可能だった。
橙色の空が迫ってくる。
もうすぐ彼女がやってくる。
この日々が変わってしまう予感がした。
最初のコメントを投稿しよう!