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『いやだ……怖い……』
彼女は震える声でそう言うと、僕に背を向けて走り出した。
僕の中で何かが切れる音がした。
恐怖から振り返りながら逃げる彼女。
夕陽を浴びたその姿はこんな状況でも底抜けに美しかった。
しかし僕はすぐさまその肩を捕まえて、その身体を歩道橋の手すりに押し付ける。
そしてその首を力一杯締め上げた。
『や……め……』
彼女の息絶え絶えの懇願を遮るように、僕は耳元で囁いた。
『良かったね、これでずっと大好きな夕焼けを、見ていられるよ』
そして僕は彼女を歩道橋から突き落とした。
一面に響いた彼女の悲鳴と、骨の砕ける音。
揉み合ってる時に割れたらしい腕時計を見ると、五時で時が止まっていた――
「思い出した?」
彼女の声は静かだった。そして冷たかった。
「私は絶対に、貴方を許さない」
いつの間にか僕は手すりに押し付けられていた。
恐ろしい程の力で締め付けられた喉からは、何の言葉も出せない。
彼女はもう笑ってはいなかった。憎しみのこもった瞳が僕を見つめている。
一瞬の静寂。
そして氷のように冷たい声で彼女ははっきりと言った。
「死ね」
ぐしゃり。
僕は宙に投げ出され、固いアスファルトに叩きつけられた。
溢れでる赤い血は、夕焼けの橙色に溶けていく。
奇妙にねじ曲がった腕から見える、時計の針は五時十五分を指している。
薄れいく意識の中、僕は思った。
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