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鼻に空気が重い。
人ごみに酸素は足らず、口を薄ら開けて呼吸をすれば喉奥を通りかかる氷水に浸した緑茶の渇き。顎髭は硬く、たらりと曲線を描いた汗すら堰き止められ、やがて手に持つ焼きそばのプラスチックに滲んでいく。
彼女は隣だ。皺の入らぬ目尻は垂れ下がり、無気力な歯が齧るのはメンソールの煙草一つ。ビール缶にはらはらと舞う灰は、彼女の肺の中を表すように黒ずんだ色をしている。煙草を缶に捨てるタイミングで差し出したりんご飴。赤く融ける砂糖の部分を噛み砕く歯は黄ばみ、目だけがやけにぎらぎらと命を誇張していた。黒いタンクトップから、細い肩がやけに華奢である。擦れたジーンズに覗く腰は骨に皮を貼りつけたように、張りぼて。人口密度の高い露天を掻き分け握る手首もやけに小さい。長いばかりの指が時折僕の肌を撫でる。
小さな時計台の針が八への進退をためらっている。天気予報は外れ、雲は向こうへと押し遣られていた。
浴衣の女たちのかき氷は、じゅくりと濡れて異様なほどに鮮やかな赤に染まり。
突然歓喜と切なさの声が上がった。白とも橙ともつかぬ光が地面から垂直にのぼり、鈍い音を立てて弾けた。対して一番声が大きかったのは、百円シートで我が領地と言わんばかりに場所を陣取るカップルの男の方であった。人間の矮小な音声など火薬の前には霞のようなものなのだが。
花火があがるたびに恋人たちの距離は近づき、触れ合いの面積が徐々に大きくなっていく。吐息を感じられるほどに埋められていく幼い間隔。僕と彼女の距離はむしろ広がり、先ほどまで密にあった手すら、すり抜けて逃げてしまった。彼女の横顔は約四十センチ先。肩はぶつかるギリギリに、しかし心はねじれの位置に矢印を向けていた。
レイヤードの火薬。レイヤードの僕ら。行き着くところまで行けば、あとの祭り。壊れて、消える。
「おなじだわ」
彼女の形の良い顎が揺れた。目が霞んだ僕には、残像が見えた。
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