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今頃彼女は人でひしめく電車に畳まれているのだろうか。
雲とも花火の跡ともつかぬ濁った宵闇に忘れ去られた灰色を思う。人通りの減った道に露天はほどんど片付けられ、タオルで汗を拭う親父らの顔は疲れきったもの。小さなりんご飴を握った少女が母親の元へとかけていき、街灯に形作られた影は夜に紛れた。
「おなじだわ」
反芻するその声は笑っていて、渇いていた。
燃えかすがただ空に残って、高いたかいところから、やがて黒に還元される。階段ともなく、エレベーター。一気に急上昇。激しく破裂、そして死去。それがわたし、と彼女は口にした。
生まれたままの色の髪の毛は傷んでくしゃくしゃとなり、横顔を隠すように平べったい。いつもならば垣間見える幾筋の白髪も今は目立たぬようにひっそりと在るだけ。
横からそうっと見つめた瞳は焦点を合わせてはいなかった。瞳の茶色は透明なのに、唇の皮は裂かれたように所々赤く荒んでいる。
休憩前に一気に光が空を埋め尽くした。轟音に負けず劣らず響く歓声。それよりもずっと通っていた声。
「ああ、まるでわたし」
煌めいて消えた痕から目を背けて天を仰ぐ彼女の指が撫でていたのは、痩せ細った体に似つかわしくない、僕の知らぬ大きな腹であった。
小さな街灯の下。ぼやけてしまうただ一人の小さな僕の影。いつのまにか三百六十度、視界に人はおらず。
枯渇した心臓を潤したくて、逃げ水を追いかけて、いつまでも届かない。
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