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私は力弱く手を猫に差し延べた。
「…おいで」
私は必死に笑顔を作る。
――猫にも私の表情がわかるのだろうか。
悲しそうに私の瞳をずっと見ていた。私の笑顔はとても弱々しく、とても人に向けれるものではなかった。
人を殺めて笑顔を作るなんてそんな器用なこと私にはできない。
「おいで…そう…こっち。…いいこだね」
猫は警戒しながらも私に一歩ずつ、一歩ずつ近付いていた。
そして、私の背後にも、一歩ずつ、一歩ずつ近付いている者がいた。
あと少し、というところで猫は急に歩く速度を上げて私を通り過ぎる。
「…っあ…」
私が残念がっていると、私の上に大きな影が覆い被さった。
私の影と重なるもう一つの影は、間違いなく人のものだった。身体が先ほど以上に強張り、額に汗が滲む。上手く呼吸ができなくなり、荒くなる。
「こらあ、だめじゃん。また抜け出そうとしてたのか。全く、いつもお前は…」
話すのをピタリと止める。視線が自分に向けられているのがわかった。
ザリッ
その人影が私に近付く。
一度止まった震えがまた、始まる。
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