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溜息混じりに一言呟く。どうして数年も前の、江波に写生に行った時の事を夢に見たのだろうか?
夢の中の満喜子は友達の千代と信子に囲まれて、実に楽しそうに風景画を描いていた。
楽しかった思い出だけに、今、自分が置かれている状況が滑稽に思える程に悲しくなって来る。
包帯が巻かれた右腕を見詰めていると、自然と両の目からは涙が溢れ出す。
「はあ…はあ、絵は描けんのじゃねぇ……うちは、絵が描けん様になってしもうたんじゃねぇ……」
改めて口にすると、切なさが心の奥から込み上げて、また泣けて来る。
悲しくて、悲しくて……
相変わらず右腕は、そこに存在しない自分の存在を満喜子に訴え掛ける様にジクジクと、或いはズキズキと、幻痛と言う手段で激しく自己表現していた。
あれから一体どれくらいの時を要したのだろう。未だに満喜子は頭の中のロジックが合わさる事がなく、記憶が混沌としたままであった。
「あら!目を覚ましたん?」
あの看護婦が心配したのか、満喜子の様子を伺いに現れた。
周囲を見渡すと、呻き声に混じって幾人かは静かに寝ている様子であった。
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