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「おい又次郎、聞いているのか!」
「又次郎じゃない、太郎だ。ほら、お前の欲しがってた昆虫図鑑。」
「わああぁー!持ってるんだったら早く出せよー!…うぎゃっほぉぉぉーっ!カッコえぇフンコロガシぃぃ!!」
そこでまぁ、コイツと遭遇したのだ。
俺だけしか知らない、安息の地、いわばベストポジションを、陣取っている子供がいた。
仁王立ちしこちらに背を向け、どうやら街を見下ろしている様子だった。
俺はその後ろ姿を見た瞬間固まった。両手に持ったレジ袋が風に煽られかさかさと虚しく音を立てた。
(―――子供?
一人で一体こんな時間に何してんだ?)
少し視線を泳がせて辺りを見渡したが、保護者にあたる人間もいないようだった。
だが前述したとおり、俺は精神的にも肉体的にも疲れていた。その疲れを少しでも癒すべく、ボロボロの体に鞭打ってここまでやって来たんだ。
“子供はさっさと家に帰れ”
…この文句を使ってこのガキを追っ払う。完璧じゃあないか。
――まぁ、それでガキがごねるようなことがあれば…
(――――最悪の場合、蹴り飛ばしてでもどいてもらう…!)
俺を非道徳者だとか危険思想の持ち主だとか罵るのはやめていただきたい。
何せその夜は俺の人生至上最悪の夜だったのだ。自然な感情だと主張したい。
ああ、そういえば友子もよく言ってたよなぁ、俺のこと“大人げない”って…
ちくしょう思い出したら余計イライラしてきた。ついでに視界も霞むぜ、くそぅ。
「――――おい!お前!」
滲み出てきた涙を堪えながら声をかける。
涙声でしかも裏返った。最悪だ。
俺が一人ハイなテンションになってる間に、子供が振り返ってこちらを見た。
フードを被った黒いパーカー姿に黒い髪、そんな風貌だったから夜の闇にうまいこと溶け込んで顔だけが浮いてるようだった。
涙で滲んだ俺の視界に、その顔が映る。
(――――あ、れ…?)
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