七草粥

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せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草 「さあ、できましたよ。おあがりなさい」 新春と呼ぶにはまだ少し気の早い、ある年の始め。厳しい冬の寒さがやわらぐには、もう少し時間がかかるだろう。 穏やかな正月気分も抜け、世間はまたいつもの慌ただしさをとりもどしつつあるようだ。 老婦人は、はるばる自分に会いに来てくれた孫のために料理をふるまった。暖かい部屋の中にいいかおりがたちこめてきた。運ばれてきたのは、土鍋にはいったお粥らしきもの。 「おばあちゃん、これはなぁに?」 「これは七草粥といってね、一年の無病息災を祈ってーー。つまり、これを食べるとこの一年、病気をしないといういわれのある食べ物なんだよ」 「ふーん、いただきまーす」 「熱いからね。気をつけて」 「ねえ、おばあちゃん、ナナクサって何なの?」 男の子は、口ごもりながら話しかけた。 「春の七草といってね、旧暦のこの季節にとれる七種類の草花や野菜のことだよ」と男の子の問いかけに答えた。 「おばあちゃんの若い頃は、野山や畑とかそこらじゅうに自然に生えていたもんさ」 老婦人は若い頃をなつかしむかのように、目を閉じて、ゆっくりとつぶやいた。 「ノヤマ? ハタケ? それに……、クサバナってなぁに?」 男の子は不思議そうな顔で老婦人を見つめた。 (さて……、いったい何から説明すればいいのかしらねえ) 老婦人はちらりと窓の外を見やった。 どこまでも永遠に広がる灰色の大地と、天をおおいかくす無数の高層ビルのジャングル。人工物いがいの存在を許さない、冷たく清潔な大都会。 窓の外の景色を眺めながら、老婦人は思わず言葉につまってしまった。
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