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風を引き千切る轟音。
と同時に、真後ろで天へと翔け上がった突進の如き雄叫び。
掛け値無しの危機を感じる。感じた。もう遅いんじゃなかろうか。
首筋に触れた銀の刃が皮を切り裂く……その手前で、のんべんだらりと、いつものようにそんなことを考えていた。
ーー……ガチャンっ!
破砕音。花瓶が砕ける音。青いヒナゲシの花弁と溜まっていた水が飛沫となって、襲撃者の横顔で跳ねる。
至極可憐に、花びらより尚、華やかな唇。
それは女性であることを何より如実に示し表す、説明不要の造形美。
けして広くない待合室を風巻きと共に一挙に占有するは、長大無骨な、銀の大刃。
実用主義を匂わせる、飾り気皆無な握り手には滑り止めの布が巻かれるのみで、白く流れる巻き残しの布だけが唯一の飾りと言えようか。
「…………ーーほほぉぅ」
運悪く、軌道上に収まってしまった名工・沃月(よくげつ)の花瓶を粉砕した、銀の大剣を振り抜いた姿勢のままで呟かれたその感嘆は、感心するというよりむしろ……自らの不敵さばかりが際立っていた。
滴り、滑る水滴が刃を伝い持ち主たる戦士の指に触れ、窺うように控えめに濡らす。
白く、しなやかを通り越した華奢で儚くすらある頼りない指先は、しかし、しっかりと固定した刃先が微塵たりともブレもしない。
刃面が映す冷たい輝きには一点たりとて曇りは無く……獲物を“逃がした”刃のいずこにも、血の霞すら見られない。
ーーとんっ。
その微音は、彼女の背後から。
人間一人、優に飛び越せるほどの跳躍を見せたとは思えないほど静音で、皮であしらわれた戦闘用靴の爪先が着地。
もう片方は音もなく、木板張りの床に下りた。
質素な服装に、どこにでもいそうな顔が載った男。
大人、というにはまだ若い。けれども疲れた中年のような。そんな不思議な青年だった。
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