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「やっぱり、化学だけは出来るよなー、お前」
うらやましいのか、そうでないのかよく分からない声が、僕の後ろから聞こえてくる。
黒板の方に気を配りながら、後ろを振り返ってみる。そこには、いつも通りに楽しそうな、その表情がうかがえる。
「だって、ノートに書いてあったから」
ぼそっと、僕は呟いた。
意外そうな口調で、その人物は僕に言葉を進めていく。
「え、でもみんな、そんな硫酸のことなんて、ノートに書いてなかったらしいけど……、」
一瞬、僕は訝しげな表情をしながら、ノートの端を指さした。
「先生が、テストに出るって言ったからね」
逆に、何故みんなが、こう言ったことをメモしないのかが、僕には分からない。テストに出るのだから、ノートに書いておけばいい。
「相変わらず勤勉だな、桐尾(きりお)は」
言いながら、その人物は『化学 J3F-26 武田 雅文(たけだ まさふみ)』と書かれたノートを、僕に開いて見せる。あるのは、どう見ても白紙のノートだった。
呆然としながら、「何も書いてないね……、」呟いてみる。
「はははッ」
雅文は笑いながら、筆跡も何もないノートを、軽く、軽快に閉じてみせた。
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