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「春兄、遅いよ。速く速く」
夏が真新しい制服に身を包み、その袖口から出た軽い両腕を交互に振りながら、学校までの道のりを行進していた。
「だったらこの無駄に重い鞄を自分で持つんだな」
本当に重たかった。新入生への登校の厳しさを教えるための学校側の配慮なのではないかと疑うぞ。
おそらくあのバカのことだ。
家に送られてきた教材全てを初日から置き勉するつもりなのだ。
だから、珍しく俺が起きるのを笑顔で待っていたのか。くそっ。
淹れたてのコーヒーは、さしずめ宅急便の前払いってか。
蹴った石ころが河川敷の斜面を綺麗に転がっていった。
顔をあげると、夏はすでに遠い場所で中学の友達でも見つけたのか話しこんでいた。
それはそれで楽なので良かった。
「よおっ、春」
ポンッと置かれた右肩への負荷でよろける。
「おいおい大丈夫か?」
「なんとかな。無事だ」
肩を叩いたのは御古島<ミコシマ>であった。
彼は数少ない稀有なる友達の一人である。
「本当に羨ましいよ」
御古島が言った。
当然のことながら俺は眉をしかめた。
「御古島はわかってないな」
「あんな可愛い妹が同じ高校に進学するんだぜ。それに一緒に登校できるじゃないか」
遠い彼方から羨望する御古島の視線は、女友達数人と話をしている夏に注がれていた。
あの中にいては確かに夏は一人際立ってないこともない。
「やめてくれよ」
「なにをだ?」
「妹を狙うんじゃねぇぞ」
「ハハハ。俺みたいな男が狙えるわけねぇだろ。大丈夫。俺はただ遠くから眺めているだけで満足だ」
「それも気分が悪いがな」
今の俺の命令を、シスコン気取りの兄の独断禁止令だとでも御古島は受け取っているだろうが、実際は極めて真面目に俺は御古島に警告を促したのだ。
あの女には近づかない方が身のためだと。
「それに、毎日一緒に登校できるとも限らん」
「なんでだ?」
御古島は口にしてみたものの、数秒後には「それもそうだな」と言った。
「姉貴の方は今でも早いのか?」
「あぁ、そこらのアフリカの民族並みに早いよ」
「可哀想だよな。本当。美人姉妹の姉にはシカトをくらってるし、妹の方にも上手くこきつかわれてやがる」
続けて。
「なんかお前の家族は名前と性格が気色悪いほど一致するよな」
気色悪いは余計だが、確かに御古島が言っていることは的を射ている。
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