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 夏休み。  高校2年の夏休みという一番楽しいイベント。そんなイベントが明日から始まる。終業式もホームルームも全て終わり、教室内は完全に休みムードが流れていた。  廊下側の前から6番目、一番後ろの端の席。盛り上がるクラスメイトの輪には入らず、その席からただ眺めているだけだった。自分の予定はすでに決まっている。 「要、バイト先変えるんだよな」 「うん。今夜から」 「緊張してんな」 「んーーー、ちょっとだけ」  どんな内容のバイトなのかは聞かされていない。きっとロクでもない仕事であろうことだけは予想がつく。  一ヶ月前に死んだ父さんが残していったのは、どこでどう作ってきたのか分からない借金。 「郡司と申します」  葬式の一週間後の夜、家に郡司という知らない男が来て初めてそれを知った。  借金。  もしかしたらと思っていたけど、まさかこんな怪しい人のところから借りていたなんて。どうしてと思うと同時に、そうするしかなかったのだと納得するところもあった。なぜなら、この借金のおかげで自分たちは学校に通えているからだ。  小学生の頃に母さんが病気で死んで、父さんは抜け殻のようになってしまった。一年経つ頃には回復してきたけれど、きっと、あの時からまともに働いていなかったんだと思う。 郡司が提示してきたのは想像以上の額。 その額、1000万。  一ヶ月後にまた来る。郡司はそう言って一封の封筒を残して去っていった。  封筒の中には数枚の紙があり、次に会う場所、日時、返済額、働かない場合は命の保証はないとかそんな感じのことが書いてあった。  血の気が引くような感覚って、あのときのことを言うんだと思う。男が去ってからもしばらくその場から動けず、暗い玄関先でしゃがみ込んでいた。  それでも時間は進んでいく。逃げ道は無い。これで借金を返さなきゃ生きていけない。  どれくらいの時間が経ったのか。気が付けば、点いていたはずの向かいの家の電気は全て真っ暗になっていた。  何も考えられない中なんとか立ち上がり、自室へ戻った。  中学2年生の弟、真(マコト)はすでに寝ていたからこのことを知らない。言うべきか言わないべきか悩んだけど、このまま黙っておくことにした。  後見人の伯父にも話していない。伯父には俺たち兄弟のことは良い目で見られていない。むしろ疎まれてるくらいだ。到底話せる内容ではなかった。  高校に上がると同時に始めたバイトは、今月の半ばまでにしてもらった。この先どんな迷惑をかけるか分からないから。店長は引き止めてくれたけど、親戚の目の届くところで働くと言ったらそれなら仕方ないねと、惜しそうにも納得してくれた。 そして、今日が郡司との約束の日。  約束の時間は午後8時。集合場所は最寄り駅から3駅先の武蔵小杉駅。 「じゃあな、要。健闘を祈る」 「あんがと」  クラスメイト達は次々と教室から出ていく。廊下側の一番後ろの席だから、皆何かしら声を掛けてくれる。それをしばらく見送ってから重い腰を上げて教室を出た。全開になっている廊下の窓。そこにあるのは真っ青な空と真っ白な雲、遠くには消えかけの飛行機雲が一つ。 眩しいな。  窓から入ってくる風は気持ちよくて、このあとは何もしたくない気分にさせられる。  7月末にしては涼しい風が吹いていたお陰で灼熱地獄にはならなく、家に帰ってきても窓を開ければ篭った空気はスッキリとした。
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