3/9
前へ
/20ページ
次へ
 葬式が終わってからは手続きや片付けが忙しく、二人とも少しの間学校を休んでいた。真は5日後には部活に復帰していたけれど。多分、そうでもしてなきゃ乗り越えられなかったのだろう。顧問の先生やチームメイトも快く受け入れてくれた。  真の部活はバスケットボール部。兄ちゃんがやるなら俺もやる!と言って一緒に始めた。始めた頃は小学4年生でひよっこだったのに、今や中学2年生にしてエース的存在。身長もどんどん伸び、平均身長を超えて今や171センチにもなっている。でかい。並ぶと見上げてしまう。  ついこの前、お金のことや家事のことを気にして部活を辞めると言い出したけど、俯いてるし、目を合わせようとしないし。本心じゃないのは明らかだった。 だから、大丈夫だから続けろと言い聞かせた。ここで終わるなんて勿体なさすぎる。何より、自分は中学の頃やりたいようにやってきたのに、真だけが出来ないということに納得ができなかった。  今日は部活の日。帰ってくるのは19時半頃。待っていたらバイトに遅刻する。新しいバイトを始めることは伝えてあるし、夜ご飯だけ作ってメモだけ置いていけばいいだろう。  夕方まで時間がある。今のうちに家事とかやれることはやっておかなくちゃいけない。それでも、家事をしようにも夏休みの課題をしようにも、バイトのことが気になって何も手を付けられなかった。  なんてこともなく、何もやっていない時間が苦痛でいつもより家事が捗った。  気づけばもう夕方で。  夜ご飯を作るためにキッチンに立つ。今日は米とコンソメスープと作り置きしてあるハンバーグ。真の分だ。自分の分は作らない。緊張で何もお腹に入らない。とはいえ書類には動ける服装で来るようにと書いてあったから何も食べずに行くわけにはいかない。ご飯を作りながら牛乳をかけたシリアルを口に収めていく。 「ただいまー。あ、いい匂い」 「おかえり」  思ったより早く帰ってきた。良かった、冷めないうちに食べてもらえる。 真は真っ先にリビングに顔を出した。 「やっぱりハンバーグじゃん。あれ、兄ちゃんのは?」 「これから初バイトだし、とりあえず軽く。あと、いつ帰れるか分かんないから先に寝てて」 「分かった」  真は足取り軽く、部活の片付けをするためにリビングを出て行った。  小学生の頃、母さんが死んでから料理を始め、今や料理のレベルは店に出せるほど。ハンバーグを焼くときのこだわりは誰よりも強い。なんせ、真の大好物だから。 「よし」 いい感じに焼けた。色よし肉汁よし匂いよし。 「出来たよ」 「うん」  脱衣所の方から元気な声が飛んできて、すぐに足音が近づいてきた。  かなり上手く焼けたハンバーグを、プチトマトと一緒に深皿に乗せる。使う器はいたって普通の庶民皿だけど、ハンバーグはプロの味。そのハンバーグを四人がけのテーブルに置く。 「今日は新しいパンもあるよ」 「え、食う食う」  一ヶ月前、米は週3回だけと決めたけど、栄養不足とストレスで一週間も経たないうちに二人ともおかしくなりそうになった。それ以来、米は毎日食べることにした。その代わり、1食につき大盛り一杯まで。足りない分はパンやシリアルで補うことにする。そう決めた。 「いただきます!あー、うま」  ほんと、美味そうに食うな。これからバイトがあるなんて信じられない。だめだ、このままじゃ足が動かなくなる。 深く息を吸って、吐いた。 「じゃ、もう行くから。夜更かしすんなよ」 「バイト、荷物運ぶ仕事だっけ。えっとー、仕分け、とか?」  と、言うことにしてる。重労働なのは間違いない。そのために今まで真にバスケに付き合ってもらった。ただ筋トレしたりランニングしたりするだけよりも、いろんな筋肉を使うし体力もつけることができる。 「そんな感じだけど、細かいことは行ってみないと分かんないな」 「ふーん」  これ以上聞かれたら、言えないことまで言わなくちゃいけなくなるような気がして急いでリビングの扉へと足を向けた。少し早いけど出てしまおう。駅で適当に時間を潰せばいい。  メッシュのシャツに、スキニーパンツ。動きやすい服装と書いてあったから本当はバスケ用のパンツを履きたかったけど、初出勤だしそこは我慢。靴はいつものスニーカー。荷物はケータイと財布と鍵だけ。いかに普通じゃないバイトなのかがよく分かる。 「あとはよろしく。電気も全部消していいから」 「分かった。気をつけて」 「うん。行ってきます」 「行ってらっしゃい」  閑静な住宅街。まだ7時を過ぎたところでどの家も電気が点いていて暗くない。仕事帰りの人や大学生たちもちらほら歩いている。  真との会話はかなり変わってきた。返事にしろ生返事にしろ、お互いの存在を確かめ合うかのように強く意思が飛び合っている。それを表面に出すことはないけれど。  行ってきますと行ってらっしゃい。まるで戦争に送られるかのような心地だ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加