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「悠、こんなことを言えばお前は笑い飛ばすかもしれないな。それでも俺は一つだけ、言わなきゃならんことがある」
「なんでしょう?」
紫月の神妙な顔と態度に、自然と悠の手も止まる。
「自分の選んだ道に迷うな」
わずかに眉根を寄せた悠に、紫月は苦笑した。
「夢の話を始めた頃からちょっと変ですよ、紫月」
「変なのはお前の方さ」
その後に呟いた紫月の言葉は悠に届かなかった。多分、届いていたとしても何が変わることもない。
「店をやるだけ。今日も明日もずっと。戦争でも起こらない限り、ね」
悠の方が背が高い。看板を上げるために、外へ出る。朝の日差しが眩しく、ふと視線を正面に下ろした時。
反対側の路地から悠を見つめる少女が一人。目が合ったといって微笑むでも目を反らすでもなく、ただじっと見つめていた。
その容姿は、毎晩見る少女と完全に一致する。すいと路地裏に消える少女を、考えるより先に悠は追いかけていた。両側を灰色の煉瓦の高い壁で挟まれ、実際よりもひどい圧迫感がある。
くねくねと曲がる長い路地を走り、それでも歩いていたはずの少女に追いつかないことに疑問を抱いた、まさにその瞬間、長いことこの街で生活してきた悠ですら見たことのない場所にたどり着いた。
円形になった広場のようなところ、中央に噴水がある。その前に、こちらに向く形で少女が立っていた。朝が早かったとはいえ、他には誰もいない奇妙なまでの静けさが存在している。
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