序 章:旅路

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その日はいつも通りの朝だった。 目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、床に明暗の模様を醸し出していた。 そこから、梅雨の季節にも関わらず、今日は晴天であるとこが読み取れた。 ゆっくりと身を起こす。 掛け布団が肌から離れると、朝のさわやかな空気が体を包んだ。 彼は、枕元の懐中時計を一瞥し、そろそろ起床時刻であることを確かめて、ベッドから足を投げ出し立ち上がる。 フローリングからひんやりとした冷気が、足の裏を経由して体に伝わってくる。 そのおかげで、彼の頭はだんだんと冴えてきた。 今日は、特別な日だ。 彼はいつものように支度をして、ニュースを見ながら朝食をとる。 丁度、先日発生した銃の発砲事件についての続報が流れていた。 この事件については、発砲時に犯人が軍服を身に纏っていた、という情報があるため、自衛官が真っ先に疑われているようだ。 中継画面に切り替わり、市民団体だか労働組合だかがどこかの陸上自衛隊駐屯地の門を封鎖するように抗議している姿が映る。 この事件の影響で、防衛省と政府与党は、国民の不安材料を取り除く事が第一、との声明を発表。 尖閣諸島の問題で隣国との緊張が高まりつつある、というのに自衛隊は基地、駐屯地外での活動が制限される事となっていた。 一方では、有事の際に対応できない、と批判する声があったが、大半の市民はこの判断に一定の評価を与えている。 「まったく、面倒くさいことになった」 食事を終え、皿を片付けているころには日本全国の天気予報に切り替わっていた。 キャスターは、まず、5月から6月初頭までの関東一帯の降水量が例年と比較して記録的に少ない事を述べ、今後の天気の見通しを説明する。 食器を棚に収め終わると、彼はリモコンを操作して、テレビの電源を落とした。 ゆっくりと靴を履いて、中身が詰まった重たいキャリーバックの取っ手を握る。 そして、彼は無言で家を後にした。
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