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グラッ。
突如として、高野の視界が傾いた。
いや、足元が、航空機自体が左に傾いたのだ。
立ち上がって外を眺めていた生徒は、驚く間もなく倒れ込み、悲鳴を上げる。
頭上の収納ケースから勢いよく飛び出した荷物が乗客に当たって、血が飛び散った。
次の瞬間、機体は真っ逆様になった。
シートベルトで体を座席に固定していなかった乗客が、手荷物が中に浮く。
まるで、無重力状態の宇宙ステーションのように。
旅客機が急降下を始めたためだった。
高野は、その阿鼻叫喚の地獄絵図と化した機内で、必死に頭を抱え、体勢を低くした。
旅客機が不時着するときなどに、乗客がとるべきだとされる体勢だ。
理由は、飛行機が墜落した場合、衝撃から頭部を守るため、もしくは、衝撃で前方から飛来する破片が頭部うを傷つけないように、手と前の座席で守るためである。
この有効性は実験でも証明されていることであるが、それは、機首から地面に墜落した場合、という前提条件の下で行われたものであり、制御不能となり、真っ逆様に墜落した場合の効果についてはまったくの不明であった。
それでも、高野は一生懸命体を丸めた。
「まだ、生きたいかね」
突然、嗄れた声が高野の耳に届いた。
高野はゆっくりと、恐る恐る顔を上げる。
声の主は、この旅行を急遽キャンセルした生徒の座席に座ることになった、一人の老人だった。
老人は全てを見通したように微笑み、高野に語りかける。
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