EYE(目)

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 (渋谷ってなんて賑やかなんだろう) 久し振りに駅前を見て、素直にそう思った。 不思議だね、初めて来たわけでもないのに。 風邪から肺炎を起こして、ずっと寝込んでいた祖父が一ヶ月位い前に亡くなった。 そのために田舎に行っていたから尚更感じるのだろうか? (母と此処に来たのは何年振りだろうか?) その答えはすぐに出そうもなかった。 それはまだ私が小学生だった頃だった。 私は母に連れられて、何度か渋谷にあるCDショップに来ていたのだ。 地元のこじんまりとした中古レコード店にも行った記憶がある。 母は部類の音楽好きだった。 でも父には絶対に内緒。 母はこっそり自分だけの時間を楽しんでいたのだ。  だから懐かしくて…… ついつい遠回りをする。 私もミーハーな一人だったのかな? だって地下道も変わっていたし…… 少し寄り道したくなったんだ。 此処で迷ったら、なんて恐怖心より好奇心の方が勝ったからだ。 もっとも、母の行動がそうさせたこともあったのだけど……  私の傍には母がいる。 本当はそれがちょっと嬉しい。 二人共方向音痴だったけど、私にとっては強い味方だったのだ。 (渋谷ちかみちか? 地下道をちかみちと呼ばせたのかな? それとも……) そうその道は渋谷に誕生した新名所への近道だったようだ。 でもその道は避けた。 それなに、母はそちらに行こうとしていた。 私は母の前に立ち塞がって体の向きを変えさせた。 (回れ右!) 自分の戒めとして心の中で唱えていた。 私はさっきまで四苦八苦しながらもハチ公前の出口を目指して急いでいたのだ。 又寄り道する訳にはいかなかったのだ。  渋谷地下街の様変わりは報道などで聞いていた。 私鉄と地下鉄が手を結び、渋谷が劇的に変化したことも解っていた。 でもこう複雑になると迷ってしまうのは仕方無い。 そうは思っても、やはり安全策を模索してしまう私だった。 私はただ、方向を示すディスプレイを見逃さないようにしただけだった。 それだけで迷わずに済むのだ。 もっとも、その先に何があるのか知らなかったけどね。  今日此処へ来た目的は母を喜ばせたかったからなのだ。 それなのに、母の行動を抑制している。 もしかしたら自分のその考えがスムーズに行かない原因なのかも知れない。
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