夏山の柵

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「はい…」 「何が悲しくて田舎に遊びに来た夏休みに、おまえと山中を遭難しなきゃなんないんだあぁっ!」 「すみません…」  小さく謝った優輝の声は、頭上で鳴くセミのそれに掻き消された。  明良と優輝は、つい先日東京から地方の祖父母の家に遊びにきた小学生の兄弟だ。夏休みで、涼しい田舎に避暑に来たのである。何事もなければ共働きの両親が追いついてくるお盆まで、のんびりと平穏に過ごすはずだった。  しかし弟の優輝には、その小さな体に到底そぐわないでかい夢があったのである。  それは、ツチノコの発見だ。  インターネットでツチノコと検索すれば、それは生け捕りで二億円、死骸でも一億円という破格の賞金が捕獲者に支払われるお尋ねものだ。  おそらくそのことを知ってだろう。今朝優輝は置き手紙を祖父母の家に残し、代わりに虫とり網と水筒を持って出て行った。
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