夏山の柵

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「ツチノコを捜しに来たんだっけ?」 虫とり網を杖のように使い始めた優輝より、数メートル前を歩きながら明良は問うた。うん、という弟の気まずげな返事を汗で濡れた背中で受けて、明良は深くため息をつく。 「で、なんで途中でタヌキに乗り換えた」  もはや怒る気力もなくなって、その語調は先ほどのようにまくし立てるでもなく、ただの質問のそれになっている。  実は明良が木々の間に優輝を見つけた直後、優輝は無常なことに明良ではなくタヌキを発見したのだ。あっと声を上げるや岩に隠れていたそれに向かい駆け出していく弟を、明良は思わず呆然と見送ってしまった。だってそのときの優輝の背中は、街中でノラ猫を見つけては追いかける、そんな幼稚園児のそれと変わらなかった。これでいいのか五年生、と、思わず棒立ちになったのである。
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