桜は人を物憂い気持ちにさせる

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彼女が左へ首を振れば、栗尾が自分の代わりに高い位置にある文字を掃除してくれていた。 「あ、ありがとう」 美雪が戸惑いながらも礼を言うと、栗尾がこちらを向く。いつも寝ている印象しかないから気づかなかったが、彼も背が高い。その目は少し眠たそうで、焦げ茶色の髪は寝ていたせいか乱れている。すると、彼は彼女を見たまま無造作に頭を掻いた。 「あのさ……」 一言呟いたが、それ以上彼の口から言葉は出ない。栗尾は困ったような、戸惑ったような顔で、彼女を見下ろした。 「な、何?」 沈黙に耐えられなくなり、美雪の方が尋ねる。しかし彼はまた考えこむ。何も言わないが、彼女から一切視線を外さない。まじまじと見つめられて、美雪は顔が熱くなるのを感じた。しばらくした後、彼は答えた。 「……いや、何でもない」 そう言って、自分の席へ帰って行った。栗尾の発言に美雪の方が戸惑った。 『明らかに何でもない感じじゃない』 そう感じたが、再び机に突っ伏した彼に尋ねる勇気など、彼女は持ち合わせていなかった。
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