名の無き民たち

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   今から十二年前、極東アジアの最後の独立国が地図から消滅した。    それはとても寒い、雪が舞い散る日だった。  街の摩天楼や、ネオンが眩しいくらいに光を発している中、その街を行き交う人々の表情は、そんな輝きとは対照的に、この世の終わりのような表情をしていた。  人々は、街の大型モニターに釘付けになり、一人は力無くその場に座り込み、一人は画面を見つめたまま固まっていた。そんな彼らが発した最初の言葉は信じられない、だった。  やがて人々は思い出したかのように、慌てて動き出した。 恐らく帰宅を急ぐのだろう。  中には我先にと人を押し退けてまで、前に進もうとしている人もいた。 そんな状況からか、次第に人々はパニックを起こし、辺りは騒然となった。  そんな中、ある親子が人々の波に耐えるかのように、電信柱に掴まっていた。  「父さん、一体何があったの!?」  まだ声変わりのしていない、か細い声の少年が、隣に立つ父親に尋ねた。  父親は肩にぶつかってくる人から息子を庇いながら、答える。  「いいか、俺たちの住む日本はもう無くなった。もう俺たちは日本人じゃないんだ」  父親も、自身の頭の整理が出来ていないのか、困惑した表情を浮かべながら、息子を見つめる。  当然、まだ幼い少年は言葉の意味を理解するはずもなく、ただいきなり豹変した街の様子に怯えることしかできなかった。  「ねえ父さん、早く帰ろうよ。なんだか怖いよ」  「・・・そうだな、そうしよう。早く美智子に・・・」  少年の言葉に軽く頷くと、父親は息子を抱き抱えて、群衆の中を進んでいく。  こんな混乱状況にも関わらず、警察は何をしているんだ。  父親はそう思いながら、最寄りの駅を目指す。  だが、駅には逃げ着いた群衆が殺到しており、しかも電車を動かすはずの運転士や駅員はその場から逃げ出していたのだった。    
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