名の無き民たち

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 当然、電車は動かない。 交通手段のない、群衆たちは再び駅の外へと歩き出す。  電車がダメなら、バスかタクシー。    そんなシンプルな考えは皆同じだったようで、駅のロータリーには人が更に溢れかえっていた。  タクシーやバスに乗るために、人々は必死だ。  そんな必死さから生まれる物は、争いである。各所で怒声、罵声が飛び交っていた。  タクシーの乗車権をかけて口論する男たちや、乗員オーバーのバスに乗るために懇願する親子。    その様子は最早地獄絵図だ。  先ほどの親子も電車やバスを利用して、帰路につくはずだったが、目の前に広がる光景を見て、息をのんだ。  「仕方がない、歩いて帰ろう」  父親は息子を地面に降ろすと、そのまま強く小さな手を握った。息子のほうからも強く握り返してくる。  駅と駅ならたったの三駅だが、歩いてみると直線ではないので、かなりの距離があった。  ましてや、この騒ぎだ。楽に帰れるはずがなかった。  道路には渋滞で動かなくなった車が溢れており、その両側を人々が長い列を作って歩いている。その中に親子はいた。 「大丈夫か、足は痛くないか?」  父親が眠そうに隣を歩く息子に尋ねる。  息子は今にも歩きながら寝てしまいそうだったが、首を左右に振った。  「いい子だな。頑張れ、もうすぐだから」  父親は優しく息子の頭を撫でる。息子は頑張って両足を動かしていた。  そんな息子を見つめながら、なぜこんな事になったのだろうと父親は考えた。
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