第三章 紀伊征伐

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仕方なく、孫一は残りの七発の銃弾を側近に向けて撃った。 七人の側近がバタと倒れた。 残りの側近二人と蘭丸は、信長に話し掛けた。 「大殿、如何致せばよいですか!?」 ブハ、グハ。 信長の口から血が溢れ出る。 「蘭丸、まずは信孝と合流し、撤退を開始しろ。我が遺書を橋本城を攻めてる、信忠に渡せよいな!?」 「はっ必ずや一命に代えましても」 「去れ」 信長は左文字の太刀を抜き、側近二名と家来五百人で、最期の意地を見せ付けた。 最期は、孫一に眉間を撃たれ、討ち死にした。 信長討ち死には、またたくまに世に広まった。 明智光秀、蒲生氏郷、堀秀政らと織田信孝、羽柴秀吉の残部隊のおよそ、三万の軍勢は、その日の内に岐阜城に退却した。 橋本城攻撃隊には、信長討ち死にの知らせるが届き、三万の軍勢は、岐阜城に退却した。 戦いは、鈴木家の大勝利に終わった。 だが、その頃、忠信勢二万は、伊勢・志摩を攻略し、占領下におき、一万の兵を真田昌幸に任せ。 津城に入れて。 志摩には、熊野水軍基地を新たに武山水軍と改名し、八千の兵を梶秀に任せ、一時的に和歌山城に向かった。
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