あわよくば下半身

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 ◇◆◇◆◇  抜かりのないよう自分の部屋を端から端まで見回して俺、叶(かのう)需(もとむ)は満足して静かに頷いた。 完璧だ。  いつもは床へ投げ出したままにしているTVのリモコンや雑誌の類は整頓され、壁や家具の裏に至る隅々まで埃を払ってある。 尚且つテーブルには情報誌を置くなど敢えて生活感を残しておくのも忘れてはいない。 清潔に片付いていていながら嫌味の無い生活感。 これから訪れる千載一遇の好機はけっして逃すことができないと充分な認識を持った上でも万端と呼べるだけの備えが済んでいる。 もう一度言おう、これが完璧だ。 「よし、俺は今日人生を変えるぞ」  意気込んでつい口からこぼれ、一人拳を熱く握った。 一人きりなので独り言を拾ってもらえるわけはない。  町外れ、住宅の立ち並ぶ人々の生活圏から少し離れた山麓(やまふもと)に俺が住むこの小屋はある。 元は小さな材木の加工場だった建物に手を加え数年前から住み始めた。 手を加えたといってもユニットバスを持ち込んだだけでそれ以外には仕切りもない一間があるだけだ。 元が工場なだけに一人暮らしの部屋としては贅沢に広い間取りなうえ物が少ないのでがらんとしてしまっている。  付近に人家は無く孤立しているものの、公共施設への経路上に位置する幸運で水道・電気・下水は整っており不自由することはない。 ガスはプロパンだが、この地域は田舎なので今の時代でも大して珍しくはなかった。  天井が高い分空調の利きは悪いので、今日の薄い曇り空は幸いだ。 気温が上がらず今のところ過ごしやすい。 そうでなければ八月に入ったばかりの炎天に晒され辛いことになっていただろう。
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