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敷地を囲う柵の切れ目からはかつて工場を行き来した車輪が砂利を弾き飛ばして露出した土の道が小屋まで届き、小屋の壁にある大扉に接している。
二メートルを超す二面の大扉は人員用ではなく資材の搬入口で、今は内側に棚が置かれているので使うことはできないがその強烈な存在感は外観の印象を左右してまるで要塞のように見せていた。
周囲は杉が主を占める雑木林で、数十年前に起きた住宅建設ラッシュの頃手当たり次第に切り倒してはまた植えてと繰り返すうちにこうした節操の無い造成林が出来上がったらしい。
その間に好景気は去り、そのうえ国内で杉を建材として生成するよりも海外から現代の住宅により適した木材を輸入した方が安価で済むこともあって現在では見捨てられてしまっている。
いつかこの土地が開発される時も木々はただ切り倒されるだけで、そこに建つ家は遥か遠くの地で育った木で造られると思うと物悲しい。
その悲愁も相まってか、この一帯はうら寂しく夜にもなればホラー映画の舞台に好まれそうな景観に変わる。
ここまでの道筋は地図を書いて渡しておいたが、無事この小屋を見つけてもなにしろ屋根壁はほぼトタン造りで外の柵は金網だ。
一般の人家とはかなり雰囲気が違うので入りづらく感じてしまったとしても無理はない。
いっそ別のわかりやすい場所で待ち合わせるなど出迎える形にすればよかったと反省する。
ならせめて入口を開けておこうか。
それとも空調の冷気を逃がさないよう閉めておくべきか。
悩んだ結果、扉に石を噛ませて開けたまま固定した。
苦労をして手繰り寄せたこの機会に失敗は許されない。
実際小屋の中へと誘い込むまで、思いつく限りの工夫はしておくべきだろう。
他には何かと考えて、喫茶店の入口にあるようなウェルカムボードを思い起こしながら部屋の隅の黒板に飛びついた。
昔肝試しで廃校に忍び込んだ時に苦労して持ち帰った貴重な戦利品だが、この日の為に使うのであれば惜しくは無い。
昨日は掃除をしただけで満足していたことも含め、こうしていざその時が迫ると遣り残したことが幾つも思い浮かんだ。
約束をした時からずっと浮ついて、一瞬たりとも冷静になれていない気がする。
だが構わない。
とにかく彼女がこの部屋に来さえすればあとは自動的にうまくいくのだから。
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