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佐々木は顔をしかめる。それぐらいは自分に決めさせてくれと思った。
「恩を押しつけたわけじゃない」
「このおっさんからしたらひったくりを捕まえてもらった恩はある」
本人が目の前にいるのに、その人をおっさんと呼ぶのは良くないだろうと思ったが、当の本人はそんなこと気にする余裕もないほど疲れ切っていた。
「じゃあ、お前がお礼を受けっとっておけよ。とにかく俺はいらない」
「俺が捕まえたわけじゃないだろ。捕まえたのはお前だ」
「なら、お礼を受け取るかどうか決める権利は俺にあるんじゃないのか? お前が口出しすることじゃない」
「強情だな。ただお礼を受け取るだけだろ。何でそんなに受け取りたくないんだよ? じゃあ、そもそも何で追いかけたんだよ?」
じゃあ、お前はお礼が欲しくて追いかけたのか、と言いたかったが、それを言うとまた長引きそうなので代わりに、「俺は自分の行動に何の考えもなく、責任を持とうともしない、このひったくりみたいな人間が嫌いなんだ。だから、俺はひったくりを捕まえたかっただけだ。この人は関係ない」と言った。
その時に、初めてひったくりの顔を見た。
まだ仰向けに寝転んだままだったので、家の照明に照らされていた。
その顔は意外にも若かった。二十代後半だろうか。
それっきり、高屋は何も言ってこなかった。
その代わり、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
予想外の反応に恥ずかしさを感じ、その場を急いで立ち去った。
鞄を取りにいかないと、と思った。
幸い鞄は投げ捨てた場所にそのままになっていた。
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